東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)108号 判決
一 原告の請求原因及び主張の一ないし三は、当事者間に争いがない。
そこで本件審決に、これを取消すべき事由があるかどうかについて考える。
二 本件発明にかかる容器に容れられる物につき成立について争いのない甲第三号証(昭和四九年八月二七日付手続補正書)の特許請求の範囲には、「ガスで加圧された大気圧以上の圧力を有する加圧液状物」なる記載があるところ、被告は、右の「大気圧以上の圧力」の語の意味からも、また、本件明細書(成立について争いのない甲第二号証)には、圧力を発生する内容物から、圧力を発生しない内容物まで多種多様にわたる具体的な物が例示されており、他方、明細書全体の記載に徴しても、本件発明でいう液状物には牛乳及び牛乳製品などの内圧を生じない内容物は包含されないとする根拠を見出すことができないとの趣旨を主張する。
「大気圧以上」という言葉は、通常は大気圧を含むものとして使用されるものであることは被告主張のとおりである。しかしながら、前記補正された特許請求の範囲においては、容器内容物を「ガスで加圧された大気圧以上の圧力を有する加圧液状物」と表現しており、この場合には、その内容物は大気圧のものを含まないものであることは明瞭である。なぜなら、長手方向の大部分にわたつて円筒形でかつ各端が封鎖された容器に封入される、「ガスで加圧された」「加圧液状物」は、容器壁に大気圧を超える圧力を及ぼすものであることは明らかであるからである。従つて、本件の場合「大気圧以上」という用語があつても、全体として見れば、それは「大気圧を超える」という意味で使用されているものと解すべきである。そして「以上」を「超える」意味に解すべき場合が、日本語としてないということはできない。
また、本件明細書の被告指摘の個所に牛乳及び牛乳製品、果汁、酒精類のような飲みもの等の多種多様な圧力を発生しない内容物が具体的に示されていることも被告主張のとおりである。しかしながら、明細書第一三頁下から三行目ないし第一四頁四行目には、『本発明は炭酸飲料の包装に利用さるると共に、他の圧力発生液体、例えばエアロゾル推進剤及びぶどう酒類の包装にも利用できる。この包装体は又エアロゾル容器としての使用或は殆んど固形包装になる程の圧力下の液体の包装にも「応用することができる。この様に包装される製品には次の物がある。即ち、」』と記載され、以下被告の指摘するような多種多様な圧力を発生しない内容物が具体的に例示されていることが認められるところ、右内容物は、本件発明が「応用」され得るところの「殆んど固形包装になる程の圧力下の液体」として例示されているにすぎず、明細書の発明の詳細な説明の項に圧力を発生しない内容物が例示されているからといつて、そのことから直ちに、本件発明にかかる内容物は、大気圧のものも、大気圧を超えるものも共に含むものとすることはできない。
以上のとおり、被告の前記主張はいずれも理由がなく、また審決の右の点に関する認定も本件発明の要旨の解釈を誤つたものである。審決は、右誤りに基づき、引用例に容器内容物が具体的に示されていなくても、本件発明において、その明細書に例示されたような「殆んど固形物を包装した程の圧力」を有する食料品を適宜に選び包装食品とすることは、格別工夫を要するとはいえない、としたものであり、結局、内容物が大気圧を超える圧力を有する本件発明と、引用例とを対比して、本件発明の進歩性の有無を判断したことにならないから、その点で、審決は違法である。
三 本件発明における支持スリーブについて
審決は、本件明細書に「支持スリーブ(さや)には、用途に応じて容器壁を配向したポリエチレンテレフタレートで全体的に作つてもよいし、また別の材料の層で被覆するか密着したスリーブで作る」旨の記載があることを認定する(成立について争いのない甲第一号証三枚目裏九行目ないし一三行目)。審決のこの認定に相応するものと思われる個所を本件明細書から拾つてみると、先ず第四頁第一行ないし第六行には、「用途に応じては容器壁を配向したポリエチレンテレフタレートフイルムで全体的に作つてもよいし、又、別の材料の層で被覆するか又は積層し、或は又別の材料からなる密着したスリーブ(さや)をつけた配向ポリエチレンテレフタレートフイルムから作る必要があることもある。」とあり、右個所で、用途に応じては容器壁を配向したポリエチレンテレフタレートフイルムで全体的に作つてもよいとされるのは、前頁からの続き具合からみて、審決の認定するようにスリーブのことではなくて、容器そのものを指すものであることは明瞭である。そして、「別の材料の層で被覆するか又は積層し、」とは、ポリエチレンテレフタレートフイルムで全体的に作つた容器を別の材料の層で被覆するか又はポリエチレンテレフタレートフイルムに積層することであつて、支持スリーブに関することでないことも明らかである。そうすると、右の個所で、支持スリーブについての記載は、「別の材料からなる密着したスリーブ(さや)をつけた配向ポリエチレンテレフタレートフイルムから作る」ということだけになる(もつとも明細書には、「作る必要があることもある。」とあり、右記載からすればスリーブの存在は本件発明の必須要件ではないかのごとくであり、特許請求の範囲にはその存在が必須要件であるように記載されていることと矛盾するが、これは、本件発明の原出願書―成立について争いのない甲第四号証―ではスリーブの存在が必須要件になつていなかつたのを、昭和四七年一〇月四日付の手続補正書―甲第二号証―で特許請求の範囲においてはスリーブの存在が必須要件であるように補正したが、詳細な説明の項はそのように補正しなかつたことによるものであると認められるところ、詳細な説明の項も、特許請求の範囲に合うように訂正すべきものであつた。)。
次に、右引用個所に続いて、明細書第四頁第六行ないし第五頁第二行には、「例えば炭酸飲料の包装に於ける炭酸ガスの場合の様に封入ガスが、非常に長期にわたつて保持されるには配向ポリエチレンフイルムでは透過性である場合には、少くともフイルム面積の大部分にわたつて、ガス不透過性材料で被覆したり又は積層したり、或は密着したスリーブをつける必要がある。密着したスリーブが設けられると容器の破裂強度を増大することができる。これは高い強度とガスに対する不透過性との両方兼備した材料のものであることができ、あるいは配向したポリエチレンテレフタレートフイルムから作つたものであつてもよい。」との記載があり、右記載からすれば(「ガス不透過性材料で被覆したり又は積層したり、」とはスリーブに関するものでないことは前と同様であるが)、スリーブは配向したポリエチレンテレフタレートフイルムから作つたものであつてもよいことになる。しかしながら、前記引用部分は、容器がガス透過性である配向ポリエチレンフイルムである場合の説明であつて、本件発明の特許請求の範囲からみて、本件発明の必須要件とされる、容器がポリエチレンテレフタレートについてのものではない。なぜこのように本件発明の必須要件とされない配向ポリエチレンフイルムからなる容器についての記載が明細書の発明の詳細な説明の項にあるかについて考えるに、本件発明の当初出願(甲第四号証)の特許請求の範囲の記載は「大気圧以上の圧力下に在る内容物をいれ、その壁の少くとも一層は配向性ポリエチレンテレフタレートフイルムより形成している容器から成る包装」であり、これによれば、少なくとも一層が配向性ポリエチレンテレフタレートフイルムであれば、他の層(これが包装本体となることもある。)はこれとは別の物、例えば配向性ポリエチレンで形成されていてもよいことになるから、包装本体が配向性ポリエチレンである場合には、スリーブは配向性ポリエチレンテレフタレートフイルムであつてもよく、このことが明細書の発明の詳細な説明に記載されていたのである(甲第四号証第四頁第三行ないし第五頁第一行)。しかるに、前記昭和四七年一〇月四日付の手続補正書によつて、容器が二軸配向ポリエチレンテレフタレートフイルムから作られることが、特許請求の範囲の記載から、必須の要件とされたにもかかわらず、発明の詳細な説明の項はこれに見合うように訂正されることなく、原出願書の趣旨を、言廻しを多少変えただけで、そのまま残したために、特許請求の範囲と合わないようになつたものと認められる。そうすると、前記引用部分にいう、スリーブはポリエチレンテレフタレートフイルムから作つたものであつてもよいとの記載はむしろこれを無視するのが相当である。
右説明のとおりであるから、審決の前記認定のうち、本件明細書に、支持スリーブについて、「用途に応じて容器壁を配向したポリエチレンテレフタレートで全体的に作つてもよい」との記載及び「また別の材料の層で被覆する」との記載があるとした部分は誤つているものといわなければならない。しかして、本件明細書の特許請求の範囲の記載(甲第三号証)及び発明の詳細な説明の項の記載(甲第二号証第四頁第四行ないし第六行)からして、本件発明の支持スリーブは、容器を破裂に対して補強するものであり、容器の円筒部を密着して取り巻くものであつて、その材料にはなんらの限定もないものであると認めるのを相当とする。
審決は更に、本件明細書には、支持スリーブの材料について、「表面の大部分にわたつて、水蒸気、炭酸ガス、及び酸素に対して高度の不透過性の材料の層を含むことが望ましい。この材料には塩化ビニリデン重合体及び共重合体で、例えば八〇~九五重量%の塩化ビニリデンと二〇%以上のアクリロニトリル及び望むならば更に、少量の他のイタコン酸又はメタアクリル酸のようなモノマーを含む共重合体である」ことが記載されていることを認定している(甲第一号証三枚目裏一三行目ないし四枚目表一行目)。しかしながら、本件明細書の特許請求の範囲に『容器の円筒部を密着した「支持スリーブで取り巻き」破裂に対し補強したことを特徴とする少なくとも片面に「ガス不透過性材料の層を有する」二軸配向ポリエチレンテレフタレートフイルムから作られた充填容器』とある点、及び明細書(甲第二号証)の発明の詳細な説明の項第七頁第四行ないし第一四行の記載、特に同頁第一三行に「被覆はフイルムの内面又は外面に施される」とある点(スリーブがフイルムの内面に施されることは考えられない。)を勘案すると、審決認定の材料は、支持スリーブの材料ではなくて、支持スリーブとは別の、二軸配向ポリエチレンテレフタレートフイルムから作られた容器の少なくとも片面に形成される層を作るガス不透過性の材料であることは明らかであり、審決はこの点についても誤認があるものといわなければならない。
審決は、右の誤認に基づいて、本件発明における、支持スリーブとは別個の、ガス不透過性材料の層、に相当すると考えられる引用例における上塗層を、本件発明の支持スリーブと実質的に同一であるとしたものであるから、引用例と本件発明とを比較するといいながら、本件発明の支持スリーブの点については比較していないことになり、結局支持スリーブの存在についての進歩性の判断を欠いていることになつて、審決はその点でも違法である。
被告は、本件発明のスリーブの材料にガス不透過性材料をも用いることは、本件明細書第四頁及び願書の最初に添付した明細書(甲第四号証)第四頁に記載されていると主張するところ、甲第二、第四号証にそのような記載のあることはこれを認めることができるが、右記載部分は、その後の特許請求の範囲の補正によつて、これを無視すべきものとなつたことは、前に説明したとおりであり、被告の主張は理由がない。
被告は、更に、本件明細書第四頁に、配向ポリエチレンテレフタレートに対し、ガス不透過性材料又は別の材料で被覆又は積層したり、あるいは密着したスリーブをつける旨の記載があり、この記載から、本件発明の目的を達する上で、ガス不透過性材料又は別の材料で既に被覆又は積層された配向ポリエチレンテレフタレートに対し、必ずしもスリーブを設ける必要はないものと認められると主張するが、本件発明においてはスリーブを設けることが必須の要件であることは前説明のとおりであるから、被告のこの主張も理由がない。被告の右の主張を、本件発明においてスリーブを設けることは進歩性がないとの主張と解するとしても、審決において、スリーブの存在についての進歩性の判断を欠いていることになることは、また前説明のとおりであるから、被告が本訴訟においてその判断を補充することは許されない。
四 右のとおりであり、審決は前記二点について本件発明の進歩性の判断を欠いていることになるから、本件発明が結論において引用例から容易推考と判断されることになるかどうかはともかく、少くともその判断に影響するおそれのある違法があると認められる。
よつて審決を取消す。
〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。
容器内容物がガスで加圧された大気圧以上の圧力を有する加圧液状物であり、内容物を充填した容器は長手方向の大部分にわたつて円筒形でかつ各端が封鎖されており、そして該容器の円筒部を密着した支持スリーブで取り巻き破裂に対し補強したことを特徴とする少なくとも片面にガス不透過性材料の層を有する二軸配向ポリエチレンテレフタレートフイルムから作られた充填容器からなる包装体。